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日本人の〈物神崇拝〉の長い伝統

2011.11.18

物品の方から。欧米の住宅にそう詳しいわけではないが、日本にくらべヘンなモノ、いらないモノが少ないように感じられる。日本のヘンなモノ、いらないモノの代表は、お土産や記念品の類で、どうしてあのようなクダラナイものが大量に家に待ち込まれ、保管されなければならないのか。これには、日本人の〈物神崇拝〉の長い伝統がきいているように思う。物品に対し、その性能や美だけでなく、何か精神的、心理的に大事なものが宿っていると考える。

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物にカミが宿る。たとえば、職人は道具にそういう気持ちを持ち、そのことを誇りとしてきた。特に刃物に対してはそうで、大工の名人上手は、毎日、刃物を使い終わると、きれい、というより清浄に保つことを旨とした。お針子(裁縫をする人)が使い終わった針を捨てずに、針塚に納めて、仏サマ同然に扱ったのも同じ心情だろう。調理人たちは。包丁塚を作り、文化人はかつて。筆塚を作った。そういう心の伝統が、何かしらメモリアルな物品を捨てがたくしているのではあるまいか。実際、私のような戦後生まれの者でも、どっかの会社からもらった創立○○周年記念のつまらないガラスの置物なんかをゴミ袋に入れる時には、ちょっと躊躇する。意識しないにしても、物品に宿る精霊に対し気がとがめているのだろう。困ったことに、日本人は、物品に対し非情になれないのである。非情になるにはどうすればいいか。